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(27)
バイトを終えて、帰宅する途中、ケーキ屋の前でバレンタインデーと書かれたポスターが目に入って、「…… ああ、俺、今日誕生日じゃん。」と思い出した。
別に誕生日だからって、今年も何も変わらない。
ケーキでも買って帰ろうかなと、ちょっとだけ思って店に入りかけたけど、やっぱりやめた。
―― 独りでケーキ食べたって、虚しいだけじゃないか。
自嘲しながら、店の前を通り過ぎた。
今夜は、底冷えがして、空からはチラチラと、雪が舞い降りていた。マフラーを口元まで引き上げて、アパートまでの道を急ぐ。早く、帰って熱い風呂に浸かりたい。
薄灯りに照らされた階段を駆け上がり、踊り場の辺りで鞄の中に手を突っ込んで、部屋の鍵を探した。
「あれ…?どこに入れたっけ。」
なかなか見つからない鍵を手探りで探しながら、階段を上がりきると、自分の部屋の前に誰かが座り込んでいる影が見えた。
「…… え?」
最初は、酔っ払いか何か?と思ったんだけど、その人影は俺に気付いて立ち上がる。
はっきり見えなかった顔が、ポーチライトに照らされる。
その人は、手に旅行にでも行くような鞄を持っていて、にっこりと俺に微笑みかけて言った。
「誕生日おめでとう千聖。」
「な? なんで?」
驚き過ぎて、声が裏返ってしまっている俺に、西脇さんは不思議そうな顔をする。
「なんでって、何そんな驚いてんの。誕生日に温泉に行くって約束しただろ?」
迎えに来たよ。と、笑いながら、呆然としている俺の身体を抱き寄せる。
ふわりと西脇さんの煙草の匂いが鼻腔を擽って、懐かしい想いが溢れ出してきそうになった。
だけど、――『俺も、本気じゃないよ。』
それと同時に、あの最後の言葉が頭に浮かんできて、力一杯腕を突っ張って、西脇さんから身体を離した。
「ちょっ、ちょっと、放してくださいっ!」
「何だよ? つれないなぁ、久し振りの抱擁なのに。」
「何言ってるんですか!もう俺と貴方はそんな関係じゃないでしょう?」
俺の言葉に、西脇さんは何も返してこなくて、困ったように眉を下げた。
続きます。。
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